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コラム

SDGsな生き方を今から170年前に実践している女性がいた〜玉糸で世界を動かした小渕志ち〜

女性の社会進出が世界中で騒がれる中、小渕志ち研究所が「女性の生き方を考える」コラムをお届けしたいと思う。ジェンダー平等の社会実現に向けて「SDGs」×「小渕志ち」と話を絡ませていく。

小渕志ち研究所が説くSDGs の17目標

「女性の機会均等」

2014年に最年少でノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイさん。子どもたち、とくに女の子にとっての教育の大切さを訴え続けた。そして昨今、日本でも騒がれているSDGs(エスディージーズ)の取り組みは、2015年の国連サミットで採択されたものである。SDGsは17の目標をかかげているが、エコやリサイクルをはじめ何と多くが小渕志ちのしたことであり、現在の国連の目標が志ちの信念に当てはまる。ビジネスでも成功してSDGsな生き方を今から170年前に実践していた日本女性が小渕志ちである。「一人一人が考えて」「自分らしい生き方を」「平等な機会とみんなが協力し合う社会を」小渕志ち研究所が、SDGsを解説していこうと思う。

 

SDGsの17目標と志ちが特に取り組んだ項目(赤色)

1.「あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせよう」

2.「飢餓を終わらせ、全ての人が一年を通して栄養のある 十分な食料を確保できるようにし、持続可能な農業を促進しよう」

3.「あらゆる年齢の全ての人々の健康的な生活を確保し、 福祉を促進しよう」

4.「全ての人が受けられる公正で質の高い教育の完全普及を達成し、生涯にわたって学習できる機会を増やそう」

5.「男女平等を達成し、全ての女性及び女児の能力の可能性を伸ばそう」

6.「全ての人が安全な水とトイレを利用できるよう 衛生環境を改善し、ずっと管理していけるようにしよう」

7.「全ての人が、安くて安定した 持続可能な近代的エネルギーを利用できるようにしよう」

8.「誰も取り残さないで持続可能な経済成長を促進し、全ての人が生産的で働きがいのある人間らしい仕事に就くことができるようにしよう」

9.「災害に強いインフラを作り、持続可能な形で産業を発展させ イノベーションを推進していこう」

10.「国内及び国家間の不平等を見直そう」

11.「安全で災害に強く、持続可能な都市及び居住環境を実現しよう」

12.「持続可能な方法で生産し、消費する取り組みを進めていこう」

13.「気候変動及びその影響を軽減するための緊急対策を講じよう」

14.「持続可能な開発のために海洋資源を保全し、持続可能な形で利用しよう」

15.「陸上の生態系や森林の保護・回復と持続可能な利用を推進し、砂漠化と土地の劣化に対処し、生物多様性の損失を阻止しよう」

16.「持続可能な開発のための平和的で誰も置き去りにしない社会を促進し、全ての人が法や制度で守られる社会を構築しよう」

17.「目標の達成のために必要な手段を強化し、持続可能な開発にむけて世界のみんなで協力しよう」

 

小渕志ちが目指したSDGs

志ちは女性の社会進出を促していて、働く従業員に対してメンタルケアと知的なケアを絶やさなかった。特に、知的なケアでは花嫁修業のための、生け花や茶道など、「カルチャセンター」を自社の寄宿舎で行っていた事。女性が女性のために作った「女性の会社組織」を作り規律や女性の社会進出を促した偉業を達成した人物がいた。そんな誇れる女性が明治~大正に日本で存在して、「女性が社会のために働き、日々チャレンジし、お金を稼ぎ自立でき、毎日ごはんも食べられて、泊まる所もしっかりと確保」していたのである。この小渕志ちの事例から我々が学ぶべき事は、この先が見えない世の中では具体的にどんな生き方をすれば良いのか、一人一人が真剣に取り組む事である。それはSDGsのテーマでもある。

小渕志ちの開発した玉糸製糸は、豊橋地方の製糸業の大きな特色は玉糸製糸であった。普通、製糸は一匹の蚕がつくる繭の繊維から作られる。ところが二匹の蚕がつくる形も大きい玉繭からとれる繊維は、普通の繭のものより質的におとる。玉繭は、養蚕家がつくる繭のうち二割はどうしても出るもので、一般的にくず繭と呼ばれ真綿の材料に使用した程度であった。したがって、玉糸は製糸が始まったころには商品価値もきわめて低く、あまり顧みられなかった。
群馬県出身の小淵志ちが二川で製糸工場を始めたころ、二川の養蚕業は小規模であったため、原料不足に悩んだ彼女は玉繭に目をつけた。苦心の末、玉繭から糸を取り出す方法を発見して始めた彼女の玉糸製糸は競争相手もなく、しかも安価な原料という有利な条件の下、みごとに成功した。 明治二十年ごろ、操糸技術の改良により玉糸の質も向上して商品としての価値もあがり、豊橋地方で産する玉糸の販路が広がった。玉糸製糸に着目していたのは志ちだけでなく、大林宇吉もその一人であった。彼は細谷製糸工場に原料係として勤めていた経験を生かし、蒸気機関を応用した玉糸の器械製糸を思いつき、製糸業の先進地長野地方を訪問し研究改良を重ねた。機会の開発には志ちも携わっており、明治二十八年(一八九五)、宇吉は蒸気機関利用の玉糸器械製糸に成功した。これを機会に、日清戦争後の生糸好景気の波にも支えられて玉糸製糸を経営する者も増加した。三十年代には豊橋を中心とする三河の製糸業は全国的にも知られるようになった。日清戦争後、明治三十三年には、好景気の反動を受けて生糸価格は暴落した。さらに、その時の粗製乱造の結果、玉糸の信用は失墜して販路も途絶えるという状態であった。製糸業界は破産・休業を余儀なくされるものがあい次ぎ、前途も危ぶまれる状態となった。 この苦境を乗り越える手段として、三河・遠州地方の同業者は三遠玉糸製造同業組合を設立した。この組合の目的は、共同して玉糸製糸の改良をはかるとともに、粗製乱造を防止し販売地域を拡張するなど組合員の利益を増進することにあった。 組合の結束は固く規則もきわめて厳しかった。たとえば、女工の勝手な都合や、好条件を求めての職場替えを認めないきまりを設け、女工争奪戦の歯止めとした。また、商標の設定、製品の格付け、女工の保護や奨励などについても積極的に取り組み、玉糸製糸業の改善に大きな役割を果たした。こうして、豊橋地方の玉糸製糸は質・量ともに成果をあげ、国内市場はもとより、明治三十五年には、口シアにまで輸出された。

豊橋地方の玉糸生産高と輸出高
豊橋市域のみ、10人繰以上

その後も、玉糸製糸は増加の一途をたどって全国生産の四〇~五〇%を占め、二川・豊橋は「玉糸の町」として知られるようになった。

小渕志ちが立ち上げた糸徳製糸場 検査・結束して出荷 逆説的で「男性も働ける社会を実現」

「https://trc-adeac.trc.co.jp/WJ11E0/WJJS06U/2320105100/2320105100100010/ht080060」豊橋市図書館/とよはしアーカイブ抜粋

 

我々が目指す2030年SDGs 「小渕志ちからのメッセージ」

「志ちの経営哲学を見なさい。そうすれば解決するのじゃ ― 身近な人を愛して、世界平和を考えながら、社会貢献をしながら、無駄を省き、生態系について考えて、男性女性が生きるこの社会で、女性が自立できるために持続可能な社会の実現を「糸徳製糸場」を通して実現していたのじゃ」

従業員に対して:

従業員たちには、わが子のように慈愛深く振る舞い、従業員とともに食事をする。小渕志ちは、ずっと多くの苦難をなめていたので、人の痛みには極めて敏感だった。 必然と従業員たちには、わが子のように慈愛深く振る舞いました。 理想的な女性経営者の先駆けは、すでに明治と大正時代に存在していたのです。 朝は一番に工場を見まわり、従業員と食事を共にした。製糸業については、映画にもなった「ああ、野麦峠」のような女工哀史を想像するが、 小渕志ちの工場は、和気あいあいした様相だった。その愛情は従業員に伝わり、従業員の集まりである糸徳会によって、故郷の岩屋山(いわやさん)の麓に、銅像が建てられた。従業員、そして、二川のご住職、徳次郎、故郷の人々・・・ 人々の愛情が小渕志ちを支え、また、受けた愛情を惜しみなく返す経営を行っていた。

経福利厚生:

みんなが学べるように。従業員たちを対象とした青年学校を設立。読み書き算盤がなくても糸は引ける。それにも関わらず、小渕志ちは、「生きることは学ぶこと」として教育を重要視。従業員たちを対象とした青年学校を開き、東京に地元出身の若者のための寮「糸徳学生寮」も建設。 小渕志ちは、社会全体への利益を考えた結果、今でいう、福利厚生を行っていた。そして、従業員の教育レベルが上昇した結果、大正末期には千名が働く製糸工場に結実。女工の平均給与も現在水準で女性の貧困問題も解決した。その功績が称えられ、日本人女性として初めて天皇陛下に個人拝謁する機会も得た。

開発者として:

捨てていた玉糸を宝に変えた粘り強い研究

玉糸とは玉繭(2頭で作った繭)から引いた糸。玉繭は、当時、屑繭扱いで真綿原料となってた。玉繭から生糸を紡ぐ技術開発は「仕入れ値の大幅削減」「独特な風合いを持つ玉糸生産という独自性」を叶えることができ、大きな利益につながった。誰もが見向きもしなかった素材に光を当て、諦めずに開発したことで生み出すことに成功した大きな利益である。無駄な物を捨てずにエコ活用する事で、環境問題に気を使った事例である。

まとめ

混沌とした時代。新しいデジタル技術や会社が出来上がっていくが、2030年に向けて生きる術は、年代や性別に関わらず全員が協力して、良き社会を作っていく。世界的にそれが可能であれば、それが国連の願いであり、当時、小渕志ちが実現した「社会」である。戦争やテロがない社会を実現し、差別がない皆が心地良く暮らせる「持続可能な社会」を人間が原点に立って考える。現在の立ち位置と将来のゴール。多くの答えは、実は全て小渕志ちの人生や経営哲学から学べる事であり、悩んでいる方は是非とも小渕志ちを研究してSDGsを考察していくと、一人の人間として「何ができるか」「何を考えて生きるべきか」答えが見つかるでしょう。

 

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17分でわかるSDGs 基本情報

SDGsとは?

持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)とは,2001年に策定されたミレニアム開発目標(MDGs)の後継として,2015年9月の国連サミットで加盟国の全会一致で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された,2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標です。17のゴール・169のターゲットから構成され,地球上の「誰一人取り残さない(leave no one behind)」ことを誓っています。 SDGsは発展途上国のみならず,先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり,日本としても積極的に取り組んでいます。

「https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/index.html」外務省抜粋「https://www.unic.or.jp/activities/economic_social_development/sustainable_development/2030agenda/」国連抜粋「https://www.un.org/sustainabledevelopment/」UNITED NATIONS抜粋

日本におけるSDGs

「持続可能な開発目標(SDGs)の実施指針を本日決定しました。日本は、これまで、持続可能な経済・社会づくりのため、国際社会のモデルとなるような優れた実績を積み重ねてきています。今回決定した指針には、経済、社会、環境の分野における8つの優先課題と140の施策を盛り込みました。この指針で、世界に範を示し、持続可能な世界に向けて、国内実施と国際協力の両面で国際社会をリードしてまいります。

一点目は、国際保健の推進です。国際保健機関に対し、総額約4億ドルの支援を行う予定です。

二点目は、難民問題への対応です。今般、新たに5億ドル規模の支援を行います。

三点目は、『女性の輝く社会』の実現です。2018年までに総額約30億ドル以上の取組を行います。

来年7月には、国連で我が国の取組の報告も行う予定です。関係閣僚においては、今後も本実施指針の下、緊密に連携し、政府一丸で取り組むようお願いします。」「https://imacocollabo.or.jp/about-sdgs/」首相官邸 抜粋

世界におけるSDGs

「https://www.un.org/sustainabledevelopment/poverty/」UNITED NATIONS抜粋「https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/pdf/sdgs_navi.pdf」国連抜粋

参考:マララMalala Yousafzai – Call to Action

 

3月8日に開催される【国際女性デー】
👇
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/国際女性デー

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【こちらの内容に関しては→糸徳財団広報窓口(フォーミュレーションITS)小渕まで08041371145】

   

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